名古屋高等裁判所金沢支部 昭和38年(う)17号 判決 1963年12月19日
被告人 堀田善伍
主文
原判決を破棄する。
被告人は無罪。
理由
本件控訴の趣意は、弁護人豊田誠作成名義の控訴趣意書記載のとおりであるから、ここにこれを引用する。
所論は要するに、原判決の事実誤認を主張し、その理由として、原判決は罪となるべき事実として、被告人が自己の運転する自動車をスリツプさせながら、路上に転倒している原動機附自転車に衝突させ、該自転車を引きずりながら、それを更に路上に転倒している寺崎修正に衝突させ、約二米前進し、よつて同人に対し、右転倒による負傷と相俟つて、全治約五ヶ月を要する骨盤骨折等の傷害を負わせた旨認定判示しているが、原審証人浅山長一の証言によれば、右原判示衝突の方法では、右寺崎の骨盤骨折は、起り得ないことが明らかである。然るに原判決が右衝突と負傷との間の因果関係を認めたのは、審理を尽くさず、ために事実を誤認したものであり、原判決は破棄を免れない、というのである。
よつて案ずるに、原判決挙示の証拠と被告人の司法警察員に対する供述調書、原審第二回公判調書中証人大井重蔵の供述部分、当審検証調書、当審証人寺崎修正及び同松井敏勝に対する各尋問調書、証人大井重蔵の当公廷における供述とを総合すれば、所論因果関係の点を除く原判示罪となるべき事実は、優にこれを認定し得るけれども、右因果関係の点については、叙上の証拠を始め、記録を精査し、当審における事実取調の結果を検討しても、これを認めるに十分な証拠がない。尤も原判決が証拠として挙示する浅山長一の検察官に対する供述調書及び原審第二回公判調書中には、それぞれ同人の供述として、単車から普通に転落しただけでは、原判示骨盤骨折が起こり得ない旨の記載があるけれども、右の供述は証人浅山長一の当公廷における供述、当審検証調書、当審証人寺崎修正に対する尋問調書に徴すれば、本件事案の真相を把握しないでなした一応の推測であることが明らかであり、本件に妥当しない判断であるから、この供述を叙上の証拠と総合しても、所論の因果関係を認定するには、不十分である。然らば原判決が右因果関係を肯認したのは、事実を誤認したものであり、その誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決は破棄を免れず、論旨は理由がある。
よつて本年控訴は理由があるから、刑事訴訟法第三九七条第一項第三八二条に則り、原判決を破棄したうえ、同法第四〇〇条但書に従い、当裁判所において、更に判決をする。
本件公訴事実は、原判示罪となるべき事実と同趣旨であるから、ここにこれを引用する。而して右事実中、被告人が自己の運転する自動車を原動機附自転車に衝突させ、その衝撃により、右自転車を路上に倒れて失神していた寺崎修正に衝突させたことと、同人が原判示負傷をしたこととの間に存する因果関係以外の事実については、その証明が十分であるけれども、右因果関係の点については、これを認めるに十分な証拠がないことは、上来説明したとおりである。従つて本件公訴事実については犯罪の証明がないことに帰するから、刑事訴訟法第四〇四条第三三六条に則り、無罪の言渡をなすべきものである。
なお本件公訴事実中、右証明十分な部分に包含される道路交通法第七〇条後段違反の事実について、訴因の追加又は変更等により、これを形式上審判の対象としていないばかりでなく、これを公訴事実中に包含される一事実であるとの理由のもとに、訴因の追加、変更等なくして審判することは、個人法益侵害である人身犯の起訴に対し、社会法益侵害である交通秩序犯として、求めていない抜き打ち裁判をすることになり、訴訟行為の意思解釈上許されないことであるから、右法条違反の責任を問う措置を採らない。
以上の理由により、主文のとおり判決する。
(裁判官 山田義盛 堀端弘士 松田四郎)